新月の小部屋

気ままに善徳女王創作二次小説を中心に他にも赤と黒の創作二次小説を綴っております。

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翠扇紅衣

愛してはいけないから(番外編)


『翠扇紅衣』


その屋敷は門構えからはそうとは思わぬほど広く立派であるが決して華美ではない、むしろしんと静まりかえり人気も少ない。
主が人付き合いも得てとせぬ人柄ゆえ人の出入りもほとんどない。
寺のように手入れが隅々まで行き届き…妻もおらぬ男が主、しかも時の司量部令がその人とはあまり知られていなかった。

その屋敷には釣殿を設えた池があった。
そのあたりでなにやら話声が聞こえてくる…

「ここへきてからそういえば主の顔を見ぬな」

一人は姿は見えぬが臈長女性(にょしょう)の声

「ええ、ここの御主人様は滅多に邸に帰って見えません此方には月に二度いや一度お帰りになるくらいでございます。」

それに応える少年の声

「ふぅーん…どうりで」

「ですが夫人をお連れになったのですからきっとその御顏をご覧になりにお戻りのはず」

「どうだかな」

「いいえ離宮よりお連れになるなど並々ならぬご執心、御方様は陛下より御下賜たまわった大事な方」

「おーい、いつまでボンヤリしている!おまけになにやらブツブツと…」

古参の爺やに呼びつけられたその少年はそれでも身元はしっかりしていてピダムの好む鶏飯を得手とする飯炊き婆の遠縁とかであるらしい。

身綺麗にすればそれなりの美少年、やっと尋ね尋ね此処へきて垢を落としそれがわかり屋敷内の細々した用もいいつかつようになったのであった、が暇さえあるとこの庭の池の畔で荷花ばかり眺めるおかしな小僧と屋敷の召使いたちは思っていたのであった。

「夫人あとでまた参ります」

清麗とした美貌の夫人は“フンッ”とゆうように少年の言葉には何も応えなかった。

そしてその夜も更けたころ暫くぶりにその屋敷の主が帰ってきた。
疲れを癒すためピダムは屋敷に戻るとすぐ慣例のように湯を使う。
いつものように湯殿に入ると芳しい声が聞こえた。

「お湯の加減はいかがでしょう旦那様」

そう声をかけられ、彼は少し驚いた顔を瞬間見せその後物怖じしたふうもない素直さを感じ僅かに微笑んだ。

湯をたっぷり張った湯槽にピダムはゆったり浸かりながら、声の主は誰かと一瞬考え思い至った。どうやら暫く前、帰宅したおり古くからの召し使いの爺やに連れられ挨拶に来た少年と思い当たり

「ああ、ちょうどいい」

と溜め息のような深い声でそう応えた。

「今日の湯はお前が拵えたものか?」

「……はい」

「よい香りだ薄荷のようだが…」

「はい湯に少しばかり薄荷油を落としました…」

「この湯はいい…確かイスと申したか」

「はい」

「これから湯はイスお前に任せよう」

ピダムは薄荷の爽やかな香りの立つ湯の中久しぶりに寛いだ。

翌日あさげの粥を食べ身支度を整えたピダムが早々に屋敷を出ようとしたところ昨夜の少年がピダムを呼び止めた。

「あ、あの旦那さま…」

ピダムは振り返った。

「お前か…なんだ?」

「お出掛けの前に是非ご覧いただきたいものがございます」

少年は頭を地べたに擦り付けるようにして言った。

「これから宮殿へ参らねばならぬ」

「はい、はい、ですが…離宮からお連れになった御方をご覧になって頂きたくて」

「御方?」

「いえ、あっあのー、御花にございます」

ようやく合点がいきピダムは少年を見た。

「お前が言うのは陛下から下賜された荷花のことか?」

「左様にございます……昨年旦那様が賜られた荷花が目覚めましてございます」

「お前面白い物言いをするな…まあ、よかろうお前の言う御方とやらの元へ案内せよ」

ピダムはそう言って久しぶりに昔のように屈託のない笑い声をたてた。



ピダムと少年は朝風が静かにそよぐ荷花の前に立った。

そこはまるで花々の眠りから目覚める様そのままで一つまた一つ…と清い香りが漂っていた。
ピダムが斜め後ろの少年をを振り返る。
少年がつっと指差す先には、その指先が己を指したことを知るかのように大輪の蓮花が開き始めた。

ピダムは思い出していた。
思いを遂げ瞬間満たされたように思ったあの朝のことを……

あの方は俺を受け入れて尚、女王であられた。

一時満たされまた渇いてゆく…そしてまた今もそれを繰り返している。

「旦那様、如何なさいましたか?…ご覧じ下さい」

「随分丹精した様子が見えるがこれもお前が?」

「見よう見まねでだけど俺いや私は…」

「俺でもおいらでも構わぬ…ここではこのピダムがいいと言えば誰も咎めぬ」

「ならオイラ申し上げます、オイラ花は好きですだからあの御方を見て頂きたくて…あの方を見ると胸が高鳴ります、御方の望みを叶えてさし上げたくなるんです、旦那様がお連れになった方ですからやはり見て頂きたくて」

ピダムは訴えるように一生懸命花を見てくれと言う少年の言葉を聞きながら気高く開花した大輪の蓮花を見た。


心で荷花に問う

(お前俺に会いたかったか?
…そうではあるまい。)


ピダムは思った胸の高鳴りは渇きさえ凌駕すると。

「花王を恋うるは苦しきことだが荷心香(かしんかんばし)離すことなど出来はせぬ」

「?」

「この花は陛下よりの賜りものお前にやることは叶わぬが…この花の望みは分かった、お前がずっと世話をするがいい」

「…………」

「嫌か?」

少年はブンブン首を横に振りコクコクと頷いた。

ピダムは大きな手で少年の頭を撫でた。

ヨムジョンもミセンもソルォンもこんなピダムを見たら幻と思い頬を抓るに違いない。

浄土への札を手に入れた者のように蓮花を見る少年を残しピダムは庭を後にした。

香荷十里風が香りを運ぶ、去るピダムの耳に一瞬女人の柔らかな笑い声が聞こえた気がした。


だが彼は振り向かぬ…



ピダムの心はただ一人彼の翠扇紅衣の元へ向かう…











*お読みいただきましてありがとうございました。

約半年ぶりの ̄(=∵=) ̄です。

荷心香(かしんかんばし)とは自分らしくあれ、という意味だそうです。
トンマンを求め時に苦しもうとも自分らしくあろうとするピダムを描いてみました。
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