新月の小部屋

気ままに善徳女王創作二次小説を中心に他にも赤と黒の創作二次小説を綴っております。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ∧top | under∨

天涯の涙…1

SS 愛してはいけないから(番外編…ミシル)


『天涯の涙』…1


*******


絢爛と咲き誇る新羅の蘭華…

その女は誰よりも美しく聡く気高く生まれた…

誰もその女の魅力にその微笑みに敵うものはない、王でさえ閨の中では彼女に膝まずく。


だが…その知略も美貌も全てを凌駕する女は聖骨として生を受けることはなかった。

ただそれだけのことが、新羅に乱を呼ぶ…





「いかがでございましょう」

主の望むことのみを行うよう厳しくしつけられた女官が銀細工の手鏡をその主に手渡しながらそう尋ねた。

女主はじっと鏡を見た、そこに映るは一部の乱れなく優美に整えられた髪と宝玉の髪飾りに縁取られた自らの美貌、それを眺め微かに笑い完璧な配置にあった簪を一本ふいに抜き取り不安定に斜めに差し直した。
そうすると、その簪が揺れて僅かに女の顔に陰を落とす…
唇の端を少しあげて微笑んだ彼女は耀くばかりの美しさのなかにその揺れる簪のような妖しさを一瞬で自ら潜ませた。


その時…

「ミシル様ソルォン様がお見えにございます。」

女官が来客をつたえた。

「…お通しして」

化粧を整えたミシルの部屋へ入って来たその男はまだ若い武将らしい清々しさを持った大帝の側近であった。


「……」

「………」

二人は静かなゆっくりとした朝の柔らかな日差しのさす中僅かな間見つめあっていた。
そして…

「璽主、」

ソルォンの緊張した眸とミシルの透き通るように澄んだ眸がぶつかりあいそして絡みあった。

彼女は男をなおも見つめながら言う。

「きっと陛下は貴方をお呼びになります明日か、いや今夜にも」

「……」

「このミシルは今日の命をソルォン様に預けます」

「!璽主…」

「このミシルの夢を叶えてくださいますか」

「…璽主私はもはや陛下の臣にあらず、このソルォンがお仕えするはただお一人にございます。」

ミシルはソルォンの眸の中にある男をその眸で捉え…
カタリと椅子から立ち上がりソルォンの肩に手をおき一瞬寂しげな少女のような顔で彼の胸に頬をよせた。


そして…

「ソルォン様のお心このミシル確かに賜りました。」


そう言って顔を上げた彼女の顔にはもうどこにも少女の面影などなくこの新羅に君臨しようとする何者にも動じぬ覇者の顔があった。



チヌン大帝はその日の宵璽主に遺言を託した、それは全てを見抜くはずの一手であった…

“後継者は太孫ペクチョンとしウルチェを上大等に任じ、法に従いクンニュン皇子と璽主ミシルはすべての政務から手を引き大帝の死後は仏門に帰依せよ”…と

ミシルにとって大帝と新羅は一つであった、だがこの時予期していた通り彼女の中でそれは分かれた。


昔、大儀など見えぬほどサダハムを恋し失った時の涙…
今、チヌン大帝と新羅、一つであったものが分かれた時の涙…

それは彼女ミシルにとってこれ以上の悲しみなど有るべきはずが無いと思い誓う涙であった。

(心から流す涙などもうこのミシルにはない…)



何かが音を立てて動き出すそんな天の波動がその夜ソラボルを包んだ

「璽主、陛下は全て見抜いておいででした」

寝台に横たわりソルォンから渡された大帝の詔勅を彼女は見つめた。


“新羅の敵ミシルを殺害し大儀を立てよ”と


彼女はゆっくり身をおこし艶然とした微笑みで


「陛下は新羅の最も偉大な王です、優れた眼識と洞察力をお持ちです」

「お悩みになりますか?」

「………」

「…お悩みなら新羅の敵このミシルを殺し大儀をお立てなさい」

彼女は本当に優しくたおやかに囁くような声でソルォンの後ろから彼の躰を包むようにそう言った。

「このソルォンは四年前すでに私自身の運命も新羅の運命をもすべて璽主に託した身です…」

大帝は知らない信頼すべき花郎の中の花郎ソルォンの心も躰も魂でさえミシルの手の中に堕ちたことを…

「では…ソルォン様はいかがなさるのですか?」

ソルォンはその時彼の背に軆を寄せる彼女の内側から強く、だが煙るようにただよう高雅な時代の芳香を感じた。

(時代の主になるはこの御方だ!)

若きソルォン頭の中にそう凛々と響く己自身の声をがあった。

ソルォンはグイと女の纏う透けるような薄紫の衣が乱れるほどの強さで彼女抱き締めた。

そしてミシルの艶やかな眸は煌めき

「準備なさい…」

ミシルはソルォンの心いや魂に直接話すようにそう言った。



「…かたづきました」

返り血をあびて頭を垂れるソルォンにミシルは微かに笑みを浮かべた、その夜月城はミシルの掌中に落ちた。

チヌン大帝という偉大な星が新羅から消えた日ミシルという大輪の華は大帝の鎖を破り見果てぬ夢をめざす…

(だが…あと一つ仕上げが必要なのだ…)

「このミシルが王妃にならなくては。」

その野望を果すためミシルの軆は大帝の息子、大帝の意志から外されたクンニュンの元へと向かった。

「遺言は…変えられます」

「この手をお取りなさい玉座をお望みなら…王の座は皇子様のものですそしてこのミシルも‥」

「ミシルを王妃になさいますか…?」

ミシルと皇子の影は重なり闇は月城を深く包んだ…


だがクンニュンは愚かにも彼女との誓約ともいえる誓いを破った。
誇り高きミシルにその罪を許すことが出来ようか?
否。
決して許しはしない。
王妃になることを阻まれた!
このミシルに側室になれと!?
彼女は自分の胸に抱いた吾子を王の去った玉座の前にそっとおいた。

「ごめんね…もう私にお前は必要ないの…」

二度と触れることない吾子を見つめ彼女の眸から枯れたはずの涙が一粒流れた…

そしてみどりごの声だけが母も父も去った玉座の前に響いていた。

その日ミシルの心に残っていた最後の涙が消えた。

天理を彼女はその掌に掴んだのだろうか、そして璽主の頬から消えた涙の行方など誰一人追うものはいない彼女自身でさえ…



新羅を統べる時代の主

“北斗の七つ星が八つにならぬ限り…”

ミシルにかなう者はまだあらわれない。











スポンサーサイト
別窓 | 番外編集 | コメント:4 | トラックバック:0 | ∧top | under∨

花香…1


SS 愛してはいけないから(番外編…現代)


『花香』…1



*******

人は、どこか懐かしく切なくそれでいて胸が高鳴るような…そんな出来事が今のそのすぐ先に待っているとも知らずにいる。

そして、ある日不意にそれは訪れる。


インミョンは大学の研究室で歴史学の研究を続けている、この日も古書店を一人特に探し物があるわけではなかったが訪れたその店で思わぬ相手と出会った。

「もっと古くて時代のついた物はありませんか?」

「古いといってもいろいろですが…」

主人は値踏みするように彼女を見た。

「お金はあります。」

制限なしのカードを見せた。

「これはこれは…」

一変に店の主人の態度が変わった。

「時代は様々ですが確かな品ばかり扱っておりますとう古書店でもめったな方にお見せしておらぬ品がございます、よかったらご案内いたします」

「………」

「あ、そうそう珍しく今日はお客様と同じような方がもうひと方いらっしゃっています」

そう言いながら店主は店の奥へと彼女を案内した。

(滅多な方には見せぬといいながら先客なんて、へん!)
と少しばかり意地悪くおもいながらも先ずはその確かな品とやらを見てみようとインミョン思った。


角を曲がった処にあるその部屋の扉は他の扉に比べひどく古めいて見えた。
店主は扉を開けながらうっすらと笑い

「もうひと方はお客様もきっとご存じの方です…品は沢山ございます、後で参ります、どうぞごゆっくり」

そう言った。

確かに見回したその部屋には歴史学者垂涎ものの幻のタイトルが書かれた背表紙のものや古代文字の綴じ本など小さな古書店にしては驚くほどの品ばかりであった。


そして彼女が並んでいる本に気をとられていたその時、カタンッと音がして書棚に寄りかかっていたすらりと背の高い男がこちらを見た。

インミョンは少し驚いた、それは彼がモデルで最近はCM やドラマにも出始めているヒョンジョンだったからだ。

インミョンはそっち方面には疎い方だがそれでも彼のことはTV などに出ているのでその存在は知っていたのだ。

「君はだれ?」

不意にヒョンジョンが話しかけてきた。

「お客よ」

急に話しかけられインミョンは驚いたはずみで少し高飛車にそう答えた。

「あはは…違いないだけど名を訊いたんだ」

屈託なく本を手にしたまま彼は近寄ってきた。
背のたかいインミョンより頭ひとつは十分高い彼はかなりの長身だ。
眼差しが優しいその眸の中には隠しきれない驚きと少しいたずらっぽいと言ってもいいのかもしれない煌めきがあった。
だから答える必要は無いと思いながらも何故だか

「インミョンよ、あなたは知ってるヒョンジョンでしょ」

そう応えていた。
一瞬何か考えるように彼女を見つめた彼は

「僕を知ってるんだ」

そう言ってとたんに嬉しそうな笑顔になる。

(なに?TV なんかとなんだか印象が違う人ね…)

「インミョン、インミョン…そう…ねえところで此処へは探し物?」

(すごく綺麗だ…綺麗だ)

ヒョンジョンはその思いを覚られぬようそう言った。

「いえ…ただ気になったの、なんだかこの店が。古い本は好き‥だから…でも何故?あなたは何か探しにきたの?」

「いや………僕は見つけたよ」

「………?」

「見つけたと思う」

「これなんだ」

そう言ってかなり古いものらしい一冊の本を彼女に見せた。
そしてヒョンジョンに見つめられたままインミョンはそれを手にとり不思議ことにその題に引き寄せられるようにページをめくっていた。





―― 花香 ――

その古い綴じ本の表紙にはそう記されていた。




陶然とするような香りに満たされた満開の梅林。
濃き薄き様々な紅と真白な梅の古木が咲き誇っている風雅な趣のある屋敷の辺り…

近頃この辺りで女人に声をかけた男のがその大層美しいし女人にに導かれた屋敷でもてなされたとか、そうかと思えばすらりと様子のよい男人に声をかけられた女もまた大層な屋敷で心地よい思いをしたとか…そんなちょっと怪しげでなかなか魅力的な噂話がソラボルの市井で囁かれ始め風にのるようにその話しは真しやかに宮殿内に出入りする貴族たちの間でも流れ始めていた。

「で、その風雅な趣のある屋敷とはいったい誰の邸なのだ?」

「さぁ…噂話ですから」

「だがお前がただの噂話を私に話しに来るほど暇だとは思わぬからなにかあるのだろう?」

「……ええ…その噂話善からぬ後日談がございまして、その大層美しいし女人とか様子のよい男人に会った者たちはその後暫くしてことごとく大切なものを一つを無くすそうにございます」

「…無くすとはどういうことだ!?差し出すということかそれとも盗まれるのか!?」

「…それが無くすものは様々で金子を無くす者めとったばかりの妻に去られるもの一粒種の愛し子が消えるなど、しかしどれもこれも暫くすると戻って来るそうにございますが金子は家に投げ込まれていたり妻や子にいたってはその間の記憶が定かでないとか…」

「……それは確かに誰かの悪戯にしては行きすぎだが悪行というには違う気もするな」

「はい…しかもこれらのめにあったのは市井の者達ばかりでなく貴族の中にも噂が広がっているということは…」

「!貴族の中にもそのようなめにあった者がおるのだな」

「そのように聞き及びます」

「…………」

ピダムはトンマンの瞳の中に困ったことだとその話を危ぶむ色と同時に楽しみを見つけたワクワクした光が一瞬見えたのを見逃さなかった。

(俺ちょっとまずかったか…公主様は頭は良いけど大人しいってわけじゃないからな、大人しいっていうよりむしろその逆、真逆!!)

(民が騙され踊らされているだけでなく貴族までとは大胆な然し目的は何だろう…)

「ピダム、これは捨ておけぬな」

「え!ですがいや‥、そうだ先ずは俺が調べます」

(そらきた!)
そうピダムは思った。

「いやこれはそなただけにまかせてはおけぬ」

「ですが…」

「拐かしめいているではないか!」

「いやですから私が…」

「ピダム一緒にことの真相を探るぞ!」

と“一緒に”を意図的にトンマンは言いピダムは一緒にの威力に負けて

「はい」

と応えて仕舞った!!と思た。
だが時すでに遅し、頷きながら近頃どうしてもトンマンに対する自分のざわめく心をもて余し気味の思いに自分で拍車をかけてしまったことに気づいた。

けれど彼は知らない“一緒に”でピダムの心を捕らえたトンマンが心で可愛い満足な笑みをもらしていたことを…


そしてピダムはトンマンの梅花の香りのするような凛とした微笑みにただ胸を高鳴らせていた。







続きます








*今回はリクエスト作品ではないのでごめんなさい。

ちょっとなんだかこんなお話しが浮かんだもので…つい。


ぺこりん
別窓 | 番外編集 | コメント:6 | ∧top | under∨

花香…2

SS 愛してはいけないから(番外編…現代)


『花香』…2


*******


春の宵闇に何処からか花の香りが風に乗り運ばれてくる…

「ピダム…この辺りか?」

「はい、この先の角を曲がれば」

ピダムは仄白い闇に目をこらし道の先を見た。
トンマンもピダムの視線を辿るように同じ方向を見た。
不思議なことにその先へ踏み出せば何故か闇が濃くなる、そんな気がした。

「行くぞ、ピダム」

踏み出そうとした公主の腕を捉えた。
ピダムは自分の頸の後ろ辺りがチリリとするのをは感じていたからだ。
何故ならそれは昔から危険を予知するかのように時に彼に何者かがそれを知らせる合図のように感じるものだからだ。
そして確かに今彼の頸の後ろはチリリとしていた。
腕を捉えられトンマンは訝しくピダムを見た。

「どうした?」

「いえ、お気をつけください…」

(ただならぬ気配を感じる…これはなんだ、これは…)

ピダムの緊張が掴まれた腕を通してトンマンにも伝わってきた。

「何か、感じたか?」


「………」

ピダムは無言であった。

(これは…、いや‥確かにずっと以前出会ったあの獰猛な威圧感そして殺気!)


「………いえ、気配が‥消えました」

「何者か?」

「…思い過ごしです」

「痛いぞ、少し力が強すぎる…そなたも緊張するのだな」

そう言ってトンマンは彼の腕をぽんぽんと軽く叩いた。

「申し訳ありません」

ピダムは腕を離したが、歩きだそうとしたトンマンの手を握って

「こうしていましょう」

そう言った。
トンマンは驚いて見上げたがそう言ったピダムの顔がいつになく強張っていたから、なんだかそのままその手を離しそびれた。

そしてその誘うような花闇に向かって二人は踏み出していった。

この前調べた時とは何かしら違う邸の並びをピダムは訝しく思いながら歩いて行く。
そうして歩くと暗闇のなかギィーっいう音が恰も聞こえるように六間ほど先の屋敷の木戸が風にでも押されたように開いた。
一瞬顔を見合わせた二人は頷きその扉へと急いだ。



「ピダム…」

トンマンは思わず声をあげた。

「これは…このように早く、梅が咲いているとは…」

扉の中へ足を踏み入れた二人は白梅紅梅の咲き乱れる梅林の中にいた。

ピダムも思わずその不思議な美しさに驚いたが庇うようにトンマンを後ろにやった。

「これは、これはお客様…おやこれは珍しい…龍をお連れですね」

そう響くような深い声が闇の中から聞こえて続いて一人の立派な体躯の男がまるで獲物に襲いかかる前の獣のように足音もなく現れた。

「……そなた、この屋敷の者か?」

「はい」

「近頃このあたりで奇妙な事件が後をたたない何か知っているか?」

「……龍の後ろに居られます姫様に申し上げます」

「………」

「お城までお騒がせいたしましたこと、まずお詫び申し上げましょう」

「ならばやは勾引かしはそなたの仕業と?」

「勾引かし?いえちゃんと皆様お返ししたはず‥たんと楽しい思いもして…何かいけませんか?」

「…お前、俺と会ったことがあるな‥その金色の双眼!」

「まだ私は姫様とお話ししている途中だ!随分無粋な龍のを連れてお出でだ」

「お前が先程から龍と呼ぶのはピダムのことか?」

「ピダム…ピダム、ああ確かにそんな名前でした、もう十年もそれ以上も前不敵にもこの私に傷を負わせた子供がいました」

そういって男は袖をたくしあげ腕を見せた。
そこには深い矢傷の後があった。

「覚えているか、龍の小僧?」

「……お前俺を探してきたのか」

「勘違いするな、ようやっとこの新羅にも春が来たと知り見に参ったまで、そして此方にお運びいただいたというわけさ、まさか月城まで行くわけにも参るまい。私が会いたいのはその姫様だお前ではない」

「!いったい公主様になんの用だ!?」

「だからさきほど申した通り私は三韓の女王の顔を見に参ったと、…確かにその甲斐があった…が女王は思いもかかけぬ随臣をつれておったがな」

これは面白い、とばかりにその男は笑い金色の眸を目映いばかりに耀かせた。

「公主様、こいつは人ではありません!」

「ピダム!?」

トンマンはピダムのすぐ後ろからその身なりの大層立派な大柄で体格のよい隆とした様子の男をじっと見た。
その時たっぷりと蓄えられた口元の髭が揺れ金色の双眼が辺りに広がるように強い光を放ち凄みを増して耀いた。

トンマンは制するピダムに首を振り一歩前へ出た。

「私は三韓の女王に成れるか?」

「…恐らくは‥ただ人の子の命は短い急がれよ女王」

「大層な言葉を頂いた、名を訊いてもいいか?」

「雲白と申します」

「それと女王にもう一つ申し上げておきましよう、龍の扱いにはよくよく注意なされよ、吉とも凶ともなる駒ゆえ」

トンマンは後ろで今にも切りかかからんと剣を抜くピダムを後目にの雲白の言葉に微笑んで頷いた。

「雲白のご忠告忝ない胆に命じましょうだが、龍は国護ると信じる」

雲白はゆっくりと頷き微かに笑い

「この雲白、梅の香りは天の清香その啓をお伝えしたまで」

次にピダムを見て雲白は言った。

「龍ピダム、女王を信じきることだけがきっとお前を守ると思え…もう逢うことも有るまい太白山の主、雲白よりの餞だ」

ピダムはなにおっ!!というように剣を向け地を蹴るように踏み出した。


その瞬間一頭の白い虎が雲間から射し込む月の光に照らされその姿を現した。

梅香のなかピダムと白虎は対峙し其はまるで龍虎画のようであった。

「ピダム止めよ!!」

トンマンの声にピダムの剣先が僅にゆれた一瞬白虎は跳躍し塀を越えた。

「追うに及ばず…ピダム」

トンマンはピダムの手を掴んだ。



月明かりが早春の闇を明るく照らしだしている


「さあ帰るぞ、白虎を追う暇などない人の子の命は短いそう雲白は申しておった、三韓の女王にならねばな」

強くピダムの手を握り甘茶に煌めく眸で彼を見つめ微笑んだ。

「公主様は私の女王です」

ぷっ、と吹き出すようにトンマンは笑い

「ああ、ピダムの女王が三韓の女王になるそれならどうだ?」

それなら承服だとばかりにピダムが真面目に頷くのでこんどこそトンマン公主は誰憚りない明るい笑い声を立てた。


帰り際もう一度二人は夜の梅林を振り返った。


「また逸か会いにくるこの梅花に誓う、必ず女王になると」

トンマンが言いピダムも頷いた。


梅花は微笑み、二人を見送るように思えた…




ソラボルを一時騒がせた怪しげな話しはいつの間にかたち消え誰も公主とその花郎が出会った不思議な出来事など知らぬ。


ただ梅木のみぞ知る、梅香が運ぶ物語。




古書の最後の項に

―――徳漫公主その元名を人明、ピダム郎その元名を炯宗と記す―――――― 一巻

そう書かれてあった。

読み終わって、インミョンとヒョンジョンは何も言えずにいた。

インミョンは驚きと不思議な思いでいっぱいであった。

そして暫くの間二人はただ黙っていた。

静かに閉じられた本を手にヒョンジョンとインミョンは遠い古の時が再び動き出したような気がした。

「偶然でしょうか?」

そうヒョンジョンは言う

「………」

「僕は君が来る以前にこの本を見つけた時、きっとトンマンが逸かここに来る、何故だかそう思ったんだ」

「……でもこの二人が歴史上の二人なのかそれとも、いえ単なる面白可笑しな読本の可能性のほうが高いもの」

「……そう思うの?」

「………………可能性は…………そうね、馬鹿馬鹿しい読本そうは感じないわ、困ったことにね」

そう言う彼女をヒョンジョンは本当に魅力的な笑顔で見つめ次の瞬間インミョンの手は彼の手の中にあった。


不意に何処からか高雅で品のよい香りに二人は包まれた。

驚いて振り返ると店主が立っていて

「それは…」

二人が同時に言う。

「ああ…これはかなり古いものらしいんですが大昔この辺りにあった梅木片です…さあただの古木片ですが焚と香りはいいので香木代わりに時々古書に香りを聞かせています」

「……いい香り」

「きっとこれは時を経ても変わらぬ香りです…」

静かにヒョンジョンが言う。





小路を歩くインミョンの手にあの綴じ本花香がある


「その本、時々見せて頂いてもかまいませんか?」

「‥ええ、勿論それに私この続きを探してみたい」

「僕が探します」

ヒョンジョンの言葉にインミョンのクルリとした甘茶の大きな眸がちょっと楽しそうにキラリと光り

「ヒョンジョン郎一緒にこの本の続きを探すぞ!」

そう言った。

二人は顔を見合わせて緊張が解けたように笑い合った。


そして申し合わせたように振り返った。



振り返ったその先には梅林の中の雲白堂古書店が小さく見えていた。





“白虎が護る花香、時にその香は他ならぬ香りで人の心を拐い奪う、だがその香の中の清らかさを聞くことの出来る者は逸か再び想い合う者と巡り逢う”















*『花香』…2お読み頂きましてありがとうございます。



梅花の香りは天の清香…その香りはきっと想う者、恋うる者達を逸か再び巡り逢わせます。

白虎は毘沙門天の使いとも化身ともいわれています。





別窓 | 番外編集 | コメント:0 | ∧top | under∨

翠扇紅衣

愛してはいけないから(番外編)


『翠扇紅衣』


その屋敷は門構えからはそうとは思わぬほど広く立派であるが決して華美ではない、むしろしんと静まりかえり人気も少ない。
主が人付き合いも得てとせぬ人柄ゆえ人の出入りもほとんどない。
寺のように手入れが隅々まで行き届き…妻もおらぬ男が主、しかも時の司量部令がその人とはあまり知られていなかった。

その屋敷には釣殿を設えた池があった。
そのあたりでなにやら話声が聞こえてくる…

「ここへきてからそういえば主の顔を見ぬな」

一人は姿は見えぬが臈長女性(にょしょう)の声

「ええ、ここの御主人様は滅多に邸に帰って見えません此方には月に二度いや一度お帰りになるくらいでございます。」

それに応える少年の声

「ふぅーん…どうりで」

「ですが夫人をお連れになったのですからきっとその御顏をご覧になりにお戻りのはず」

「どうだかな」

「いいえ離宮よりお連れになるなど並々ならぬご執心、御方様は陛下より御下賜たまわった大事な方」

「おーい、いつまでボンヤリしている!おまけになにやらブツブツと…」

古参の爺やに呼びつけられたその少年はそれでも身元はしっかりしていてピダムの好む鶏飯を得手とする飯炊き婆の遠縁とかであるらしい。

身綺麗にすればそれなりの美少年、やっと尋ね尋ね此処へきて垢を落としそれがわかり屋敷内の細々した用もいいつかつようになったのであった、が暇さえあるとこの庭の池の畔で荷花ばかり眺めるおかしな小僧と屋敷の召使いたちは思っていたのであった。

「夫人あとでまた参ります」

清麗とした美貌の夫人は“フンッ”とゆうように少年の言葉には何も応えなかった。

そしてその夜も更けたころ暫くぶりにその屋敷の主が帰ってきた。
疲れを癒すためピダムは屋敷に戻るとすぐ慣例のように湯を使う。
いつものように湯殿に入ると芳しい声が聞こえた。

「お湯の加減はいかがでしょう旦那様」

そう声をかけられ、彼は少し驚いた顔を瞬間見せその後物怖じしたふうもない素直さを感じ僅かに微笑んだ。

湯をたっぷり張った湯槽にピダムはゆったり浸かりながら、声の主は誰かと一瞬考え思い至った。どうやら暫く前、帰宅したおり古くからの召し使いの爺やに連れられ挨拶に来た少年と思い当たり

「ああ、ちょうどいい」

と溜め息のような深い声でそう応えた。

「今日の湯はお前が拵えたものか?」

「……はい」

「よい香りだ薄荷のようだが…」

「はい湯に少しばかり薄荷油を落としました…」

「この湯はいい…確かイスと申したか」

「はい」

「これから湯はイスお前に任せよう」

ピダムは薄荷の爽やかな香りの立つ湯の中久しぶりに寛いだ。

翌日あさげの粥を食べ身支度を整えたピダムが早々に屋敷を出ようとしたところ昨夜の少年がピダムを呼び止めた。

「あ、あの旦那さま…」

ピダムは振り返った。

「お前か…なんだ?」

「お出掛けの前に是非ご覧いただきたいものがございます」

少年は頭を地べたに擦り付けるようにして言った。

「これから宮殿へ参らねばならぬ」

「はい、はい、ですが…離宮からお連れになった御方をご覧になって頂きたくて」

「御方?」

「いえ、あっあのー、御花にございます」

ようやく合点がいきピダムは少年を見た。

「お前が言うのは陛下から下賜された荷花のことか?」

「左様にございます……昨年旦那様が賜られた荷花が目覚めましてございます」

「お前面白い物言いをするな…まあ、よかろうお前の言う御方とやらの元へ案内せよ」

ピダムはそう言って久しぶりに昔のように屈託のない笑い声をたてた。



ピダムと少年は朝風が静かにそよぐ荷花の前に立った。

そこはまるで花々の眠りから目覚める様そのままで一つまた一つ…と清い香りが漂っていた。
ピダムが斜め後ろの少年をを振り返る。
少年がつっと指差す先には、その指先が己を指したことを知るかのように大輪の蓮花が開き始めた。

ピダムは思い出していた。
思いを遂げ瞬間満たされたように思ったあの朝のことを……

あの方は俺を受け入れて尚、女王であられた。

一時満たされまた渇いてゆく…そしてまた今もそれを繰り返している。

「旦那様、如何なさいましたか?…ご覧じ下さい」

「随分丹精した様子が見えるがこれもお前が?」

「見よう見まねでだけど俺いや私は…」

「俺でもおいらでも構わぬ…ここではこのピダムがいいと言えば誰も咎めぬ」

「ならオイラ申し上げます、オイラ花は好きですだからあの御方を見て頂きたくて…あの方を見ると胸が高鳴ります、御方の望みを叶えてさし上げたくなるんです、旦那様がお連れになった方ですからやはり見て頂きたくて」

ピダムは訴えるように一生懸命花を見てくれと言う少年の言葉を聞きながら気高く開花した大輪の蓮花を見た。


心で荷花に問う

(お前俺に会いたかったか?
…そうではあるまい。)


ピダムは思った胸の高鳴りは渇きさえ凌駕すると。

「花王を恋うるは苦しきことだが荷心香(かしんかんばし)離すことなど出来はせぬ」

「?」

「この花は陛下よりの賜りものお前にやることは叶わぬが…この花の望みは分かった、お前がずっと世話をするがいい」

「…………」

「嫌か?」

少年はブンブン首を横に振りコクコクと頷いた。

ピダムは大きな手で少年の頭を撫でた。

ヨムジョンもミセンもソルォンもこんなピダムを見たら幻と思い頬を抓るに違いない。

浄土への札を手に入れた者のように蓮花を見る少年を残しピダムは庭を後にした。

香荷十里風が香りを運ぶ、去るピダムの耳に一瞬女人の柔らかな笑い声が聞こえた気がした。


だが彼は振り向かぬ…



ピダムの心はただ一人彼の翠扇紅衣の元へ向かう…











*お読みいただきましてありがとうございました。

約半年ぶりの ̄(=∵=) ̄です。

荷心香(かしんかんばし)とは自分らしくあれ、という意味だそうです。
トンマンを求め時に苦しもうとも自分らしくあろうとするピダムを描いてみました。
別窓 | 番外編集 | コメント:0 | ∧top | under∨
| 新月の小部屋 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。